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山口地方裁判所 昭和29年(行)22号 判決

判  決

山口県阿武郡田万川町大字下田万一二九五番地

原告

重舛薫

右訴訟代理人弁護士

大本利一

山口市厳島

被告

山口県知事

橋本正之

右指定代理人山口県事務吏員

倉下弘

右当事者間の昭和二九年(行)第二二号訴願裁決取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、別紙第一目録記載の訴願につき昭和二九年一〇月二五日付を以てなした裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(後略)

理由

訴外宇部市が昭和二一年一〇月九日内閣告示第三〇号により特別都市計画法第一条第三項による市町村と指定され、別紙第二目録記載の土地(本件土地)を含むその全地域が右特別都市計画事業の土地区画整理施行地区(施行者宇部市長)に編入され、同市長が昭和二八年七月三〇日、同年一二月二二日の二回に亘り別紙第四目録記載の訴外飯田豊屯外一〇名に対し、右訴外人らの本件土地の各占有部分につきそれぞれ賃借権ありとして、法第一三条二項の換地予定地指定通知を行つたこと、これに対して原告が昭和二九年七月二六日自己が本件土地に賃借権を有し、訴外一一名はこれを有しないことを理由に本件訴願を提起し、右指定通知の取消及び原告に対する換地予定地の指定を求めたが、同年一〇月二五日付を以て右訴願に対し、それが却下の同意語として用いられたか否かは暫く措き、訴願棄却なる主文の裁決があり、同月二九日右裁決が原告に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

よつて先づ本件裁決が棄却であるか却下であるかにつき考えるに成立に争いのない甲第三、四号証によれば、被告は原告の本訴請求原因三、記載の各理由に基く訴願に対し、裁決の理由として、

一、原告と宇部市との間には原告主張の借地権は存在しない。仮りに存在するとしても、右借地権について登記がなく、且つこれにつき施行令第四五条所定の届出をしていない。

二、訴外一一名に対する換地予定地指定処分の日から本件訴願提起に至るまでに既に六〇日以上の時日が経過している。

との二つの理由を挙げていることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定によれば、本件裁決は訴外一一名に対する換地予定地指定通知処分が、原告主張の如く無権利者に対するものであるか否かの点を考察するに先立ち、右訴願の適法性即ち原告がかかる第三者に対する行政処分の取消を求める利益を有するか否か、訴願期間が遵守されているか否かを問題として取り上げ、これを二つながら否定し、その結果前記行政処分の瑕疵の有無に関する判断はこれをするまでもなしとして、訴願を却下したものであると認めるのが相当である。そして、右理由に徴すれば、前記主文の棄却なる文言は、被告が却下の同義語として誤り用いたものと推定するに難くない。

よつて進んで右却下の裁決が正当であるか否かにつき考察することとする。

法第二六条の準用する都市計画法第二五条にいわゆる、「行政庁のなした処分に不服ある者」とは、同法に基く行政処分の直接の相手方であると第三者であるとを問わず、当該行政処分によつて権利又は法律上の利益を侵害されたとしてこれにつき不服を主張するものすべてを含むものであるが、右第三者が他人に対してなされた行政処分に対し不服を主張するには該処分により、期待的利益が侵害された者であることを要するのであつて、この要件を充足しない限り、攻撃の対象たる行政処分についての瑕疵の存否につき判断を求める適格を有しないものと解される。

そして、右行政処分によつて侵害される利益の基礎たる権利は、行政庁に対しその存在を主張できる関係にあるものでなければならないことは勿論であつて、然らざる限り、たとえその権利が客観的に存在していても、右要件を充足したことにならないものと考えられる。右要件を充足しない第三者の訴願は訴願の利益なきものとして訴願法第九条一項前段に則り却下されるべき筋合のものである。

よつて本件訴願につき原告が訴願の利益を有するか否かにつき考えるに、原告主張の賃借権は、それが仮りに存在するものとしても、以下に述べる理由により、宇部市長に対し主張し得ない関係にある権利である。

一、原告主張の賃借権が未登記であり、これにつき施行令第四五条の届出をしていないことは当事者間に争いがない。

二、同条によれば未登記の権利者でも同条所定の届出をすれば換地の交付を受けることができる旨規定しており、このことは換地予定地の指定についても同様と解すべきところ、右規定は未登記権者の権利を保護することを目的とする反面、都市計画事業のため土地区画整理の円滑、迅速、画一的な遂行を計ることを目的とする規定であるから、右届出をしない権利者は区画整理施行者に対し、右権利を主張し得ないものと解すべきである。

三、原告は、右賃借権自体の登記はしていないが、右地上に存する建物に保存登記がなされているから、建物保護法により宇部市長に右賃借権の存在を主張できるというが、同法は、建物所有を目的とする宅地利用権を、土地譲受人に対し安固ならしめることを目的とするものであつて、土地区画整理の円滑、迅速な遂行を目的とする法規の分野には適用なきものである。

ちなみに、賃借地の換地予定地の指定を受けなかつたからといつて、客観的に存在する借地権がなくなるものではないと解されるから、若し右指定を受けなかつた結果、右権利の存否につき賃貸人らとの間に紛争を生ずれば、原告は民事訴訟によりその目的を達成できよう。

四、原告は、右賃貸借契約の貸主は宇部市であり、本件土地区画整理事業の執行者は宇部市長であるから、この場合前記登記及び届出を要しないと解すべきであるというが、宇部市と宇部市長は人格を異にし、又さきに説示した如き施行令第四五条の精神に照すと、かかる解釈は採るを得ない。

以上の理由により本件訴願はその利益を欠くものとして却下されるべく、これと同旨に出でた本件裁決は正当であるから、右裁決の取消を求める本訴請求はその余の点の判断をするまでもなく失当として棄却することとする(被告は本件裁決は却下の裁決であるから、棄却の裁決であることを前提としてこれが取消を求める原告の本訴請求は、対象を欠く不適法なものとして訴を却下さるべきであると主張する。本件裁決が却下の裁決であることはさきに認定したとおりである。然しながら、違法ありとして行政処分取消の訴が提起された場合行政庁はその処分が適法であることについてすべての主張立証の責を負うものであつて、本件の場合、裁決の取消が求められた以上それが却下の裁決であるか棄却の裁決であるかいずれの処分であるにしろそれが適法であることを主張立証しなくてはならない。したがつて、取消を求める行政処分が却下の裁決であるにかかわらず、たまたま原告が棄却の裁決であると主張したことによつて訴の対象を欠くことにはならない。)。

よつて、民訴法第八九条を適用して主文のように判決する。

山口地方裁判所第一部

裁判長裁判官 竹 村  寿

裁判官 井野口  勤

裁判官 石 井  恒

目 録

第一

原告が被告に対し、昭和二九年七月二六日付を以てなした「特別都市計画宇部復興土地区画整理事業に基く宇部市長三隅順輔の宇部計発第三二三号移転命令に基く換地予定地指定の通知の取消並びに原告に対する換地予定地の指定を求める訴願。」

(第二ないし第四省略)

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